【キングダム】昌平君(しょうへいくん)は史実と最後の裏切りを紹介

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キングダムの昌平君(しょうへいくん)は主に軍司令として、各国との戦いでの戦略を担当。
現在は趙の鄴攻め(ぎょうぜめ)の戦略を立てて、秦軍はそれを実行に移しています。
では史実では昌平君(しょうへいくん)の活躍はどうだったのでしょうか?

今回は昌平君(しょうへいくん)の史実での活躍をみていきたいと思います。

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昌平君は史実では実在する?

キングダムの中だけではなく

昌平君は史実でも実在します!


昌平君は秦に人質として渡っていた考烈王(こうれつおう)と昭襄王(しょうじょうおう)の娘の子

父親である頃襄王(けいじょうおう)が病死し、考烈王は次の玉座につこうと秦を脱出。
昭襄王は激怒しますが、その考烈王の代わりに人質となったのが昌平君です。
昌平君が人質になったことで丸く収まりました。


キングダムでは考烈王の子ではなく、公子ということしかわかっていません。
考烈王もすでに亡くなっています。
ただ楚の考烈王が亡くなり、楚の王位継承問題が起こった場面の後に突如昌平君が登場したのが気になりますね。



昌平君は楚では華陽夫人(かようたいごう)の教育を受けて育ちます。
秦へ戻り、荘襄王(そうじょうおう)の元で出仕。

その後は右丞相の呂不韋(りょふい)を副丞相として支えた。


キングダムで昌平君は現在軍総司令官・右丞相。

しかしそれより前は呂不韋四柱の一人。
長い間呂不韋の臣下として動いていましたよね。


功績としては

山陽の戦い
合従軍との戦い
嫪毐の乱
鄴攻め
など

すべてにおいて、戦略を立てていました。


嫪毐の乱では自身も戦いに参加して、幼い頃は蒙武を上回る武を持っていることがわかりました。
実際に毐国将軍ワテギを討ち取っています。

介億(かいおく)が言っていた

武は蒙武級
知は李牧級

納得ですよね。
それだけに史実で最後まで秦にいて、ほしかったという気持ちが大きいですが。


また昌平君は後進の育成にも力を入れていたようで、自身の私財で軍師学校を設立。
河了貂(かりょうてん)・蒙毅(もうき)など若手の軍師を育てた。


昌平君の史実での活躍

嫪毐(ろうあい)の乱

呂不韋は太后との関係を清算するために太后のために、嫪毐を太后の元へ送り込む。
その後太后の後ろ盾もあって、嫪毐の力は増大になっていきます。

紀元前238年に太后との密通が明らかになり、御璽(ぎょじ)と太后の印璽(インジ)を盗み、嫪毐はクーデターを起こす。
しかし事前に政へ密告した者もおり、嫪毐の乱はすぐに鎮圧された。
加冠の儀に参加していた政は昌平君と昌文君に嫪毐の乱の鎮圧を命じた。


嫪毐の一件で呂不韋は相国を罷免。
昌平君は右丞相になった。


キングダムでも嫪毐の乱は、ほとんど史実通りに展開されていきましたね。
異なる点は史実では嫪毐と太后の子二人は処刑されています。
ただ政は二人の子供を遺児として逃がしていました。


秦での地位が危ぶまれる

その後の昌平君はというと・・・
紀元前226年楚への出陣の際に兵の数を巡って、王翦(おうせん)と李信(りしん)で考えが分かれ、秦王政は総大将を李信にした。
その秦王政に意見したため、昌平君は右丞相を罷免されている。


紀元前230年には滅ぼした韓の旧都新鄭(しんてい)で、紀元前226年に反乱が勃発。
反乱はすぐに鎮圧しますが、ここに昌平君が送られます。

楚の公子の昌平君を送ることで、民衆を落ち着かせる意味があったと思われます。


ただここで昌平君が反乱に加担していたのでは?
と疑いをかけられて昌平君は流罪で楚の都の郢(えい)に送られてしまいました。

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この頃になると昌平君の地位はかなり失墜していたようですね。


楚王に即位

紀元前223年王翦は60万の大軍で楚へ侵攻。
迎え撃つのは項燕(こうえん)でしたが、敗北して、楚王負芻(ふすう)が捕虜となった。
これでほぼ楚は滅亡したかに思えたが・・・


ここで楚の都の郢に送られていた昌平君を項燕が楚王に擁立。
しかし秦による勢いは止められずに王翦と蒙武(もうぶ)に敗北し、討たれた。


楚を滅ぼすのはキングダムでは、まだ遥か先の出来事。
ただ幼馴染の昌平君を討つ蒙武の姿は見ものではありますね。


昌平君はなぜ最後に秦を裏切り、楚王になったのか?

中華統一を目指す嬴政の元で右丞相として一緒に戦ってきた昌平君。
しかし昌平君は楚王となります。
秦にとっては裏切りですよね。


では昌平君はなぜ裏切りに至ったのでしょうか?


これは、はっきりとした理由はわかっていません。
ただ昌平君は紀元前226年に右丞相を罷免されています。
そして流罪で楚の都の郢に送られる。


このあたりで嬴政に恨みを持っていて、秦を裏切り、楚に行ったのかもしれませんね。
キングダムではなかなか考えにくい展開ではありますけどね。


ただもう一つ可能性としては楚の大将軍項燕が

楚を中華統一に導くために最初から計画していた!

呂不韋が秦の実権を握ることを防ぐために、政に協力
秦を使って、次々と他国を滅亡に追い込む



項燕は昌平君こそが王として、ふさわしいと思っていたのかもしれません。
昌平君自身が思っていた可能性もあります。


しかもキングダムでは楚では現在王家の血脈が途絶えるといった事象が起きていますしね。
これも伏線なのかも。

こちらの方が展開としてはおもしそうな気もします。


さいごに

キングダムで昌平君は政の加冠の儀前までは呂不韋の右腕。
現在は秦国の軍司令官として活躍しています。

その昌平君が史実で最も目立つのが

嫪毐の乱
楚王に即位

の二つですね。


史実では昌平君が楚王になる頃は、ほぼ楚は滅んでいる状態でしたが、キングダムでは昌平君の影響は大きいですからね。
秦にとって、国を揺るがすほどの大きな事件になりそうです。

⇒キングダム 記事まとめ

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